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代表あいさつ

代表あいさつ

このたびの東日本大震災により被害を受けられました皆さまに、
心からお見舞申し上げます。
1日も早く復旧されますよう、お祈り申し上げます。

私たちができることは、皆様の健康を支えることです。

募金もします。
本当に必要な物資を送るのもいいでしょう

でも、私たち治療家は、被災した方、被災した方を受け入れている
ご家族や知人の方の疲れたお体を癒すことこそ、私たち治療家の
仕事と考えます。


(株)メディカル山谷

代表取締役 山谷健浩

山谷

初めまして 治療院専用ホームページ制作サービスの
山谷健浩と申します。

この度、治療院のホームページ制作のお手伝いを
させて頂きます。

こんにちは
身長170センチ 体重60kg、足のサイズは25.5センチの
山谷健浩(やまやたけひろ)と申します。

私は、北海道釧路市若松町に生まれ、夏は野球、冬はアイスホッケー
のびのびと育ちました。

そんな私のモットーは「出来ることをコツコツする」です。
これは仕事もプライベートも変わりありません。

患者さん、スタッフ、家族、友達の為
今日もお手伝いをしています。


・プロフィール 紹介

1963年12月06日生まれ
4人兄弟の2番目 姉と妹、弟

特技
・けん玉

趣味(好きなこと)
・読書(本屋さんをウロウロするのが大好きです)
・ゴルフ(子供が生まれてからはご無沙汰しています)
・ラーメン(日々、新しいお店を巡っています)


「 ホームページへの思い 」

私が、治療院のホームページで思うことは、
『 患者さんの目線で考え、自分の個性を出し過ぎない! 』です。
(個性はある程度は必要)


患者さん目線のホームページ作りたい、当院の良さを発信していきたい
そんな治療家のお手伝いが出来ればうれしく思います。

どんなことでもお気軽に声をかけて下さいね。

連絡先
0120-769-252

私山谷の直通電話は、
011-707-9707 (株)メディカル山谷まで

メール 
mail@medical-yamaya.jp


今回、このテンプレート提供についての経緯をご説明いたします。


2008年 7月治療家仲間での飲み会の席で、最近暇だ
景気が悪いなどの話が口癖のようにでていました。


その中の一人の治療家は私から見ても腕はいいでも患者が来ない
で悩んでおられました。


もしかすると私が作った治療院専用のホームページがお役に立てるかも
しれないと思ったのが最初のきっかけでした。


その治療家が住んでいる地域は、人口17万人で持ち家率も高く
地場産業があり生活は安定している地域でした。


早速、この治療家のホームページを立ち上げ3ヶ月たったときの
新患数が11月1ヶ月で18人を記録しました。


この時、これこそが全国で悩んでいる治療家の先生のお役に
たてるのではないかと思い、全国主要都市の整体院のホームページを
ひとつひとつ検証した所、売り上げの上がるホームページになっていない
現状を目の当りにしたのです。


「ホームページを作って上位表示もされ、なぜ、患者さんが来ないの」?

これが、現実のようです。

私が2007年から取り組んできた治療院専用のホームページのノウハウを 自己満足だけで終わらせるのではなく広く皆様にも知っていただき、 そして活用してください。

私自身まだまだ力不足ではありますが、このサービスを提供できるまで
さまざまな方からご指導を頂き今日に至っております。

これからも患者さんのお役にたつホームページ作りができるよう
頑張っていきます。
山谷


山谷健浩(やまやたけひろ)history

私は、1963年 北海道釧路市の理髪店を営む父のもと、男2人、女2人の
4人兄弟の長男として生まれました。

小学生の頃は、夏は野球、冬にはアイスホッケーに打ち込み、
中学・高校では野球部に在籍していました。

家業を継ぐため地元の理美容専門学校を卒業した私は、技術向上のため
東京に修業に行きました。

東京で私が勤める事になったサロンは、全国に300店舗も加盟店のある
とても大きなサロンで、そこで10年ほど勤めて、最後は本店の店長を
任されるまで腕を磨きました。

修行が終わり、「今度は、自分磨きの旅に出よう!」と思い
北欧のノルウェーに行こうと決めました。

何故ノルウェーかというと、以前何かのテレビで見たとき、現地の方がすごく
良い人に見えて「ここならきっと自分自身を成長させることが出来る」と
思ったからです。(笑)

幸い退職金が出たので、「このお金が無くなるまで自分を磨きに行く!」と
みんなに言って、飛行機のチケットを買いに行く前の晩、知人が私のアパートを
訪ねてきて「自分の仕事を手伝ってくれ!」と、
知人は玄関の外で正座をしたまま1時間もその場を動きませんでした。

私は、「明日、ノルウェー行きのチケットを買いに行くんだ
(これから自分を磨く旅に出るだ!)」と、説得しましたが、
ずっと正座で訴え続ける知人に根負けしてしまいました。

東京の錦糸町にある知人の会社の中にはストレッチを主体とした治療サロンも
あり、私はそのサロンで身体のことを沢山勉強させてもらいました。

ある時、実家釧路の母が腰痛のために札幌まで車で六時間もかけて治療に
通っていると聞き、「よし、私が母の腰を治そう」と、帰省しましたが、
結果はちっとも良くならず、情けなさを抱えたまま東京に戻ってきました。

自分の未熟さを思い知らされた瞬間です。

そんなあるとき、東京西荻窪駅前の本屋さんで何気なく目に止まった一冊の本に
心を奪われました。

それは、今現在お世話になっている治療家が書いたものでした。

この本との出会いが私の人生の第二の転機になるとは、思ってもいませんでした。

私はさっそく、この治療家が開催している1年間の研修会・勉強会に参加し、
そこでまた色々なこと、より深いことを学ばせて頂き、空いた時間を見つけては
渋谷にある治療センターに行き、実地の研修もさせて頂きました。

私はそこでの患者さんの治癒率の高さにいたく感銘を受けたため、
ここに勤めようと決心したのです。

それから数年間、東京や横浜のセンターで勤めていたある日、
北海道の「札幌テレビ放送(STV)」から番組出演依頼がきました。

たしかGWの終わった5月半ば頃だったと思います。
「北海道には治療院がないのに何故?」なーんて思っていました。

私が出演したのはちょっと和久井の2時ですよ!という1時間の番組でしたが、
30分も私たちの治療院を紹介する内容で、後に聞いた話ですが、この放送の
視聴率がとても高く、全道から沢山の問い合わせがあったそうです。

私たちはそのまま札幌に留まり、全道から来る腰痛や肩こり、ひざの痛みを
抱えた患者さんSTVの会議室を借りて無償で治療していました。

「東京にはいつ戻れるだろうか・・・」と思っていた矢先、STVから再び
出演依頼がきて、2回もテレビに出演した反響は大きく、いよいよ札幌にも
治療院を開かなければいけなくなり、東京の治療院で北海道出身は
私だけだったので、恩師の「ハイ、君行きなさい!」という一言で札幌に
開院することが決まり、それが17年前、その後治療院を譲って頂き、
現在に至っております。

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